戦っていると手牌が落ちない理論

ABEMAで第38期鳳凰戦A1リーグ第8節
A卓の放送を見ていました。
対戦者は
勝又健二
前田直哉
近藤久春
古川孝次
解説は瀬戸熊直樹

途中、この対局では古川孝次がよく振り込んでいた。
そこで実況がよく振り込むのに手牌が落ちませんね。と言ったところ、
解説の瀬戸熊直樹は「戦ってますからね~」

この一言、とても大切じゃないかと思います。

実況も同意して
戦っていると手牌が落ちない理論
と称し、古川孝次の麻雀を称えます。


そういえば最近、このような格言を聞いた。
「勝利の女神は努力している人間が大好きた。」

頑張り、粘り強さ、あきらめの悪さなどは全て努力と同じ意味になるだろう。

麻雀でわかりやすくいうと簡単にベタオリしないという事だろう。

A:親リーだからと言ってベタオリをする。
B:親リーに対して通りやすい所を通して聴牌時の打牌で振り込む。

自分が女神だったら一生懸命、頑張ってるBの方に微笑みたくなる。
だからたとえ振り込んだとしても牌勢が衰えず
またチャンスを与えられるのだろう。


ハッキリ言ってベタオリは簡単だ。
基本的に現物→字牌→筋→ワンチャンスの順番で切ればいい。
後はドラや捨て牌相や色の偏りなんかを加味すれば、
ベタオリは簡単だ。

振込を避けてアガリをとるという事が麻雀では一番、
難しいと思います。

僕の最近の麻雀はベタオリが多い。
赤やドラが無ければ、ベタオリ。
親の先制リーチに対してはベタオリ。
トップ目に立ったらベタオリ。

とにかくベタオリが多い。
ベタオリは簡単で確かに負けない麻雀ではあるかもしれない。

だけどベタオリばかりでは面白くない。
面白さを求めて麻雀を打っているはずなのに、
負けないことを優先させると面白くなくなってくる。


一方、古川孝次のような麻雀。
よく振り込んでよくあがる。
とても楽しい麻雀だと思う。

何が麻雀の楽しさなのか?
相手の待ちはこの辺かと考えることだったり、
どの牌ならあがれるのかを考えること。

つまり麻雀の楽しさは考えることにあるわけで、
それならもうベタオリは封印しよう。


これからは常に麻雀の女神さまaki.pngが僕の後ろでみているつもりで打つことにします。

戦っていると手牌が落ちない
という格言を胸に刻みながら。

極上の1局 前田直哉vs沢崎誠vs伊藤優孝vsHIRO柴田

凄いものを見た。
もはや芸術作品。
この局は感動すら覚える。

凄いポイントがありすぎる。

こんな麻雀を打ってみたい。




第36期鳳凰戦A1リーグ第6節C卓2回戦
前田直哉vs沢崎誠vs伊藤優孝vsHIRO柴田
実況:古橋崇志
解説:近藤久春・白鳥翔

南3局 ドラは7s
前田直哉の配牌は
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一メンツとリャンメン一つ北のトイツが一つ、ごくごく普通の配牌

南家の伊藤優孝の配牌は暗刻が一つ、リャンメン一つ、ペンチャン一つ、カンチャン一つ、ちょっと悪いかなという配牌。

西家の沢崎誠の配牌、面子1つ、リャンメン2つにトイツが一つ、並びが良くてまとまった配牌。

北家のHIRO柴田の配牌、チャンタやジュンチャン三色までハッキリ見える手牌。

配牌時点では前田直哉は3番手だろう。

HIRO柴田が2巡目に1mを重ねてトイツの発を切っていく。
ジュンチャンに向かって行く。

3巡目に沢崎誠が白をポン。

同巡、HIRO柴田がさらに1mを引いて手ごたえのあるツモの伸びを見せる。
次巡、2p3pのところにジュンチャンにならない4pを持ってくる。
小考してツモ切り、ジュンチャンにかける。

この4p切りがすごい。
14p聴牌時にフリテンを覚悟して打点を目指す。

前田直哉も7pを引きだんだん形になってくる。一通のリャンシャンテン。


そして7巡目、白を鳴いていた西家の沢崎誠が4pをツモって白ドラ1の69s聴牌。

同巡、北家のHIRO柴田がジュンチャンになる1pを引き入れペン7s待ちの聴牌。
リーチをかける。リーチジュンチャン三色ドラ1、ツモって倍満。

麻雀とは面白いものでこの巡目にさらに親の前田直哉にも聴牌が入る。

man6.gifman7.gifman8.gifpin2.gifpin3.gifpin4.gifpin5.gifpin6.gifpin7.gifpin9.gifpin9.gifji4-pei.gifji4-pei.gif
9pと北のシャボ待ち、聴牌にとってリーチせず。役無しヤミテン

沢崎誠はリーチのHIRO柴田に無スジの4mを押す。

そして親の前田直哉、8pを持ってきて待ちが変わる147pの1pで一通。
この3面チャンをリーチせず。

このリーチせずがすごいと思った。
親で3面チャンで高め一通の聴牌をリーチせずとは。
前田直哉には何が見えているのだろう。

場には1pと4pが一枚づつだけ。
これをリーチしないなんて僕には到底出来そうもない。

この時点で、3人聴牌、
親の前田直哉は147p
西家の沢崎誠は69s
リーチをかけてる北家のHIRO柴田はペン7s

次巡の前田直哉のツモは北家のアタリ牌でドラのsou7.gif
ドラを掴んで前傾姿勢で小考に入る。

そして聴牌を崩す9p切り。
これがすごい。
その為のダマ聴だったのか。

そして次巡、前田直哉のツモはsou8.gif
ついにアタリ牌を止めてテンパリ返す。
ここで2pか5pを切れば聴牌。
リーチ者に明らかに押している沢崎誠の現物の5pを切ってリーチ。
なんと高め三色の聴牌にたどり着く。

最初に聴牌したHIRO柴田も意思のある手組で聴牌までたどり着いた。
ツモの感触もいいのでHIRO柴田のアガリが濃厚かと思ってみていた。

しかし前田直哉のさらに強い意思がHIRO柴田のアガリをないものにした。
誰が打っても大体、7sで放銃となりそこで終わるはずだが、
前田直哉はその先の物語を見せてくれた。

極上の手組といっていい。
ここまでくれば前田直哉のアガリは確実だと思った。
勿論、高め6sで。ともすると一発ツモまである流れだなと感じた。

しかしさすが歴戦の強者たち。
簡単には終わらない。

3人聴牌、
前田直哉が69s
沢崎誠も69s
HIRO柴田がペン7s
3人ともドラがらみの待ちでしばらくめくり合いが続く。

そして3人ともツモ切りを続け、
前田直哉がリーチをしてから6巡後、
HIRO柴田が6Sを持ってきて前田直哉への放銃となる。


凄いものをみさせてもらいました。
感動しました。

こんな麻雀を打ってみたいなと思いました。
到底たどり着くことは出来ないだろうけど、
極上の打牌を目指して精進していきたいと思います。




敬意を持って相手の打牌に対する評価をする。

対局者に敬意を払う

日本プロ麻雀連盟のコラム 
戦術の系譜で西川淳さんが書いていた回です。
戦術の系譜9 西川淳

以下記事の抜粋です。

読みの前提となるのは、その出された牌に対する、正当な評価です。
正当な評価をするために必要なことは、対局者相手に対する敬意です。
敬意が欠如していると、アンテナが働かなくなり、牌がぼやけて意味を見失います。
「必ず意味があるはずだ」と謹んで受け取り、分析することによって真相に近づくことができます。

もちろん、打ち手のレベルによっては、打牌の意味の軽重もかわってくることでしょう。
しかし、それでも敬意を払って、軽重を加味した上で吟味することが重要です。

「なんでも出てくるんだもの。読むことができないよ、無視無視!」といった趣旨の発言を時に耳にします。
しかし、それは思考放棄の言い訳にすぎません。
誰に対しても敬意を払い、理由・意味を五感を総動員して探るほうが、「相手を見ない」ことよりも確実に適切な対応ができます。
それに「相手を見ない」のなら、そもそも4人でやる必要がないゲームですよね。

相手に敬意を払うこと、敬意を失うこと、どちらもAI(人工知能)には無い現象です。

抜粋ここまで

要約すると

敬意を持って相手の打牌に対する評価をする。
敬意を持って打牌をみることで打牌の意味に近づける。

危険な牌を切ってきた相手をしっかりケアするという事でしょう。


よくありますね。
リーチ者に対して凄い牌切ってきたなと思って現物を切ったら、
ロン、8000点
日常茶飯事です。

相手に敬意を払うとしっかり勝負してるんだなという事で、
強い牌を切った相手にはリーチ者以上の注意を払わないといけない。



このコラムを読んでその晩の麻雀ではこのことを胸に刻んで
対局に臨みました。

結果は久しぶりの勝利となりました。

対局者に敬意を払う。

とても大切です。

一緒に卓を囲んでくれてありがとうという感謝も込めて。

物事に正しい選択はない

麻雀は選択の繰り返しです。
どの牌を切るか?
どの牌を鳴くか?
どんなアガリ形を目指すか?
リーチするか?
牌を絞るか?
相手のリーチに対して攻めるか?降りるか?回るか?
常に選択を繰り返し行うゲームです。

そしてその選択に絶対的な正解はないという事に気が付きました。
確率的に正しくても結果は大いに違ってきたりします。

そこで大切なのは
ベストな選択をするという事、
よりよい選択をするいう事。

それは確率的な方法による時もあるし、
経験による時もあるし、
読みによる時もあります。
様々な方法を駆使して今、取りえるベストな選択をとり続ける事が
大事になってきます。


これは卓の外でも同じことが言えます。
学校という学び舎ではテストがあって正解、正しい答えがあります。

しかし社会に出ると絶対に正しいというものは存在しないことに気が付きます。
ある人にとっては正しい事でも反対から見れば間違ったものになります。
社会では様々な立場があり、様々な価値観があって、どれが正しいとは一口には言えません。

例えば高額な壺を売る宗教団体があったとして、
その宗教を信じてる人にとっては正しいがそれ以外の人には間違ってるという事になります。

殺人事件があったとして、その動機が子供を殺されたという理由だった場合、
世間的には正しくないが、当人は誰が何と言おうと正しいと思ってる。

そんなことだらけで正解というのは人の数だけあるといってもいいでしょう。


麻雀もそうで正解がない以上、ベストな選択をする努力をして、
結果は受け入れて、対応していくしかないのです。


やっぱり卓の上には人生と同じことが起こるんですね。



人は感情が動いたものを面白いと思う

何故、麻雀はこんなにも面白いのだろう。

ずっと考えていた。
最近、答えが出た。

人は感情が動いたものを面白いと思い、興味を持つという事。
人は感情の動物だから結局、感情で判断するのだという事。

感情とは喜怒哀楽、心の動き、この心の動きが激しいほど、
人は魅了される。

麻雀では配牌をみて、
いい配牌だと嬉しくなってやる気が沸いてくるし、
悪い配牌だと落ち込んで不安になります。
ツモってきた牌が有効牌だと嬉しいし、
不用牌だとやる気がそがれるし、
相手からリーチの声がかかれば、不安になるし、
相手に振り込んだ時はショックで落ち込みます。
逆に自分が大物手であがったり、一発や裏ドラがついたりしたら、
大喜びです。
トップを取れれば嬉しいし、ラスになれば悔しい気持ちになります。

その感情の動きのスピードが速いのが麻雀です。
1牌ツモるたび、感情が動きます。

映画でも感情が動かされる作品がヒットします。
音楽でも感情移入しやすい曲がヒットします。
ゴルフでも一打一打に一喜一憂し、感情が動くのではまっていきます。
お笑いでもフリとオチがあって感情を動かされるので面白いと感じます。
買い物もあれがいいとかこれがいいとか迷いという感情から、
いいものを買ったという達成感、満足感という感情が存在します。


この世のすべての事で、人は感情を動かされたものを
面白いと感じるものなのです。

それが顕著に分かるのがMリーグの実況です。
日吉辰哉さんの実況は素晴らしい。
うるさいとか大げさだとか言う人もいるようですが、
日吉辰哉さんの実況は間違いなく見る人の感情を高ぶらせてくれます。
スポーツの実況なんかも彼を見習って興奮しながら実況する人を
採用すればもっと盛り上がるのではと考えたりもします。

他人の言動は思い通りにならない

麻雀は時として人生を生きていくための教訓を教えてくれることがあります。
その教えに気づくたびに麻雀の素晴らしさを再認識します。


今はほとんどありませんが、
対局者の言動にイラッとくる時があります。
麻雀を打つ人は誰でも経験があると思います。

パッと思いつくところでは
・点棒を支払うとに投げてよこす。
・なんでリーチしないの?リーチしたら一発だったよね。
・そんな手であがって嬉しいか?
・三味線を引く人、聴牌しているのに「鳴かせてくれないかな~」とかほざく人
・後ろで見てて、人の打牌に意見する人、「それは違うでしょ~」的な

20代の頃はあまりにムカついて帰ったこともありますが、
最近ではイラつくことはほとんどありません。

こんなイラついた時の対処法ですが、
僕の場合は心の中で「ありがとうございました。」という事にしています。
相手の言動に心を揺さぶられているようではその後の麻雀にいい結果はついてきません。
麻雀はメンタル面が非常に大きな要素を占めています。
常に冷静な判断力必要となるゲームです。

僕のメンタルを試すような出来事に対して、
試練を与えてくれてありがとうございます。
これを乗り越えてまた強くなっていきます。
という気持ちを込めて「ありがとうございます」
と心の中で思うようにしています。

イラッとしていい事は一つもありません。
むしろ他人に有利になってしまいます。

そうです。全ては自己責任なのです。
他人の言動は思い通りになりません。
思い通りになるのは自分の言動と自分の意思です。


これは卓の上だけでなく実社会でも同じことが言えます。
社会では理不尽な事がとても多く、時としてストレスを感じることもあります。
しかし他人の言動は思い通りにならないという事を知っておくと、
ストレスも軽減されます。

理不尽な他人の言動に左右されない精神力を持つことが
社会を生き抜いていくうえで必要なのではないでしょうか?

卓の上ではその精神力を鍛える絶好の場になるのではないでしょうか?

麻雀に勝つための備忘録8 場が煮詰まってる終盤は通る牌を切る

先日の麻雀でこんな場面がありました。
オーラスでアガリればトップとなる僅差の2着目でした。

全員が2万点台で誰にでもトップが取れる状況でした。

僕は喰いタンで手を進めていき最終的には
pin4.gifpin6.gifのカンpin5.gif待ちになりました。

対面からリーチがかかりました。
しばらく押しました。

pin4.gifをツモってきました。

ここで小考に入らせていただきます。
リーチ者の河にはpin1.gifpin7.gifが切られており、
pin4.gifが筋になっています。
僕がpin6.gifを切ればpin4.gifman2.gifのシャボ待ちになります。

2マン廻りが場に程よく切られていて、4ピンはリーチ者の筋になっていることから
カン5ピンよりもあがり易いのではと考え6ピンを切りました。

36ピンに振り込み5200点、2着からラスに転落してしまいました。

結果論になりますが、アガリトップの下家も聴牌しており、
下家の次のツモ5ピン、あがり易さより通りやすさを重視していれば、
ピンズを1枚も持っていなかった下家が5ピンをツモ切り、
その5ピンでトップになることが出来ました。

教訓:場が煮詰まっている終盤ではあがり易さより通りやすさを重視しよう。

麻雀に勝つための備忘録7 場に出ている牌で待つ。

昨日、親でタンヤオで仕掛けて聴牌した。
待取りの選択で47sのリャンメンか36sのノベタンの
どちらかを選ぶ場面。

6sがドラで6sならタンヤオドラドラ赤の親満だなと思いながら、
36sのノベタンにしたちなみに47sは場に3枚見えていた。

なんの動きもなく5巡ほど過ぎた時に、
上家からリーチの声。
7sが宣言牌。

この時、打点よりもあがり易さを求めて、
場に出ている牌で待つべきだったなと少し反省。

次巡、彼がツモ。
ツモった牌は3s。
オナテンで引き負けたかとさらに反省。
やっぱり場に出ている牌で待つべきだったかと。

彼が開いた手。
なんとドラの6sが暗刻、3sもツモって暗刻。
この時点で36sはジュンカラだったことが判明。
ん?タンヤオもついてるね。
あれ?暗刻がもう二つ?

ん?

ツモリ四暗刻

がっくり親被り。

(47s待ちにしていれば宣言牌をとらえていたのに。)

今後は、場に出ている牌で待つ。

絶対に、場に出ている牌で待つ。

場に切られているという事はいらないから切られているわけで、
今後も切られる可能性が高い牌という事になります。

場に出ている牌で待つ

固く心に誓う事にしました。

麻雀に勝つための備忘録6 ツモが導いてくれる。

鳳凰戦での解説で藤崎智が
何気なく発したこの言葉に麻雀の本質が垣間見れた。

この時はドラが鳴ける場面でドラを鳴いたとしても
打牌があまりに難しく、はっきりとした選択が分からない。

ツモが導いてくれることはない、といった内容だった。


前回の備忘録でも書いたが麻雀はツモが重要。

ツモが導いてくれるのだ。

あがりに向かうツモなのか?

振込に向かうツモなのか?

全てはツモが導いてくれる。

参考にされたし。


同じ動画で実況の古橋崇が発した言葉も印象に残った。

戦っていると手が落ちない理論


麻雀を打っていると思い当たる節が多くある。

麻雀に勝つための備忘録5 選択が裏目に出たら黄色信号。

選択が裏目に出たら黄色信号。

鳳凰戦第1節B卓1回戦

捨てた牌に次のツモがくっついたり、同じ牌をツモってきたり、
選択が裏目に出ることは麻雀ではよくあること。

選択が裏目に出るという事は自分の意思とツモがかみ合ってないという事。
ツモがかみ合ってないとアガリまでは難しい。
むしろ放銃の危険が迫っていると考えてもいいかもしれない。

そんな時はまっすぐあがりに向かうのではなく、
守備に意識をおいて、安全に聴牌とりを目指すべきではないか。


麻雀はツモが全て。
ツモがどんな感じなのか?
生き生きしているのか?
全く伸びないのか?

それによって打牌を変えていく。
ツモに合わせて打っていく。

違和感のあるツモは要注意。
つまり赤信号。